ソニアのききみみ

感覚で捉える光を綴ります

徳を習得する、意識

Developing the Virtues

ドラマから学ぶ、徳

普段はあまりテレビや映画を観ないのですが、NHK BSプレミアムで偶然目にしたチャン・ツィイー主演の『上陽賦〜運命の王妃〜』にはハマりました。

地位や権力の争いという、いかにも「地の時代」の全盛期を象徴するようなストーリーで、欲にのまれる人と、何があっても揺らがない自分軸を持っている人との対比がよく描かれています。

裏切られ、陥れられ、殺められそうになっても、随所に慈愛を発揮する王妃の気高さと、周囲の思惑や悪意、争いに巻き込まれても、自分を見失ったりせず、自分の置かれた立場を受け入れ、真実から目を背けない大王の高潔さが光ります。

自分の心の声を頼りに、いつも何をすべきかわかっていて、自分の中の最も純粋な部分からブレない人って、性別関係なく格好いいですね。

エンターテイメントとして観ていただけなのですが、やはり色々と問われているようにも感じました。

たとえば
  • 自分や大切な人がひどい目に遭わされても、相手を赦し、寛容さ、優しさ、慈愛を発揮できるか

  • 目を背けることなく、潔く真実を受け止める勇気を持つことができるか

  • 自分のためではなくて、全体のために行動することができるか

ストーリーもよく出来ていて、映像も綺麗で、大王も格好いいのでw、オススメです。

中国語の音も、美しい。

赦しは愛であり、最大の守護

たとえば誰かに嫌なことをされたとして、怒りや憎しみから、そう簡単に相手を赦せないと思うことはあるでしょう。

あるいは、また同じ目に遭うかもしれない、もう傷つきたくない、そんな恐れを抱き、赦すことで無防備になるような気がするからと、赦さないでいることで、自分を守るためのバリアを張ろうとすることもいるでしょう。

でも、これは逆で、赦しという愛を発揮することで、ネガティブなエナジーを溶かすことができ、その相手からも状況からも影響を受けなくなり、守られるのです。

相手を必要以上に意識したり、罰しよう仕返ししようとすると、そのレベルの波動に成り下がってしまいます。それどころか、いつまでもその相手の影響から逃れることはできなくなります。自分がそのエナジーを手放さないでいるからです。

たとえば、欲にのまれてしまう人は、自分を守ろうと必死になるために人や物事を支配しよう所有しようとする。そういう利己主義の相手を人間として赦せなくても、ただ強い恐れを抱いている成長途中の愛すべき魂として見透すことができたら、赦すこともできるかもしれません。

そして、そんな相手にも優しさや慈愛を発揮することで初めて、自分もそれらの徳についての学びを終えていくことができるのでしょう。

不本意な状況に陥っているときは、それを経験することによって何かについての徳を学んでいると捉えることもできます。日々体験する出来事から、今自分がどの学びの段階にあるのかが分かるということですね。

少しずつ、日常のほんの些細なことから徳を習得していくことで、それについての学びを終え、成長していくことができ、自分が放つエナジーの周波数が高まっていく。すると、自分が経験する出来事も変わっていきます。

それが無限にループしていくのが、人生なのかもしれません♪